AIモデル学習用データの無断収集を巡る法的紛争と提携の潮流
- tokuhata
- 1月20日
- 読了時間: 16分
更新日:1月24日

はじめに
AIモデルの学習を目的としたデータ収集は、従来はインターネット経由で広く収集することが多く、無断利用が問題になっていました。その結果、米国を中心としてデータ権利者側が生成AI開発企業に対して訴訟を起こす事例が多くみられました。今後は対立関係から提携関係にシフトすると思われます。以下、Deep Research による現状分析と今後の動向予測を示します。生成AIの調査結果ですので現時点での状況整理、事実関係の収集整理という意味で備忘録的に掲載します。なお、本稿ではコンテンツとして特に写真に重点を置いています。
生成AI学習データを巡る司法判断の現状と法的争点
生成AIの学習プロセスにおける著作物の利用が「フェアユース(公正利用)」あるいは「非享受利用」として許容されるか否かという問いは、現在の知的財産権法における最大の争点である。米国、欧州、そして日本において、それぞれ異なる法体系の下で解釈の試行錯誤が続いている。
主要な訴訟事例に見る権利者の主張と開発側の反論
メディア業界において最も注目を集めているのが、ニューヨーク・タイムズ(NYT)によるオープンAIおよびマイクロソフトに対する訴訟である。NYTは、自社の数百万件に及ぶ記事が無断で複製され、チャットGPT等の学習に利用された結果、本来の購読市場が侵害されていると主張している 1。これに対し、オープンAI側は、AI学習は高度に「変容的(Transformative)」な利用であり、既存の著作権法の下でフェアユースとして保護されるべきであると反論している 1。
2025年までの法廷審理において、いくつかの重要な中間判断が下されている。例えば、ニューヨーク連邦地方裁判所は、NYTの一部の請求(DMCA違反など)を棄却し、焦点をフェアユースの成否に絞り込んでいる 1。また、ディスカバリー(証拠開示)プロセスにおいては、NYT側がオープンAIによるデータ破壊を主張した一方で、オープンAI側もNYTが自社内でオープンAIのモデルを広範に利用していた証拠を秘密裏に削除したと反論するなど、泥沼化の様相を呈している 1。
画像生成AI分野では、ゲッティイメージズとスタビリティAIの係争が、技術的な観点から決定的な意味を持っている。英国高等法院での審理(2025年6月)では、学習過程における「マテリアライゼーション(実体化)」、すなわち画像をURLからダウンロードし、GPUのVRAM上に一時的なコピーを作成する工程が著作権侵害を構成するかが精査された 4。裁判所は、最終的なモデルの「重み」自体はデータのコピーではないとしつつも、学習初期段階における無断複製については厳格な法的検証が必要であるとの姿勢を示している 4。
訴訟当事者(原告 vs 被告) | 対象メディア | 主な法的争点 | 現状・ステータス(2025-2026年) |
New York Times vs OpenAI/Microsoft | テキスト(ニュース記事) | フェアユース、市場代替性、プライバシー侵害 | 係争中。一部の請求は棄却されたが、フェアユースの核心部分は審理継続 1 |
Getty Images vs Stability AI | 画像(ストックフォト) | 学習時の複製の違法性、商標侵害、データベース権 | 英国での公判開始。学習プロセスの技術的精査が焦点 4 |
Authors Guild / 著作者団体 vs Anthropic | テキスト(書籍) | 海賊版データセットの利用、大量複製 | 15億ドルの和解基金設立を含む大規模な和解交渉が進行中 6 |
RIAA / 主要レーベル vs Suno / Udio | 音声(音楽) | スタイル模倣、出力による市場代替 | WMG/UMGとの個別和解が進む一方、一部企業とは係争継続 8 |
GEMA / ドイツ著作権団体 vs OpenAI | テキスト・音楽(歌詞) | 欧州著作権指令に基づく権利留保の有効性 | ドイツの裁判所がOpenAIによる著作権侵害を認める判決(2025年11月) 6 |
音声・動画生成分野における新たな法的対立
音楽生成AIの分野では、SunoやUdioといったプラットフォームが、既存のアーティストの楽曲を無断で学習させたとして、全米レコード協会(RIAA)等から訴えられている。2026年1月時点の動向によれば、これらの企業は「オープンインターネット上のデータ」を根拠にフェアユースを主張していたが、主要レーベルとのライセンス提携へと戦略を転換しつつある 8。特に、AI生成物が特定のアーティストの声の質感(Voice Likeness)を模倣し、商用広告等で利用されることへの懸念が強く、パブリシティ権を巡る議論も加速している 11。
動画生成AI「Sora」についても、オープンAIによる学習ソースが不透明であるとして、YouTube等のプラットフォーム側が警戒を強めている 13。オープンAIの経営陣は、Soraがシャッターストックのライセンス動画を利用していることは認めているが、YouTube動画の利用については明言を避けており、利用規約違反を巡る潜在的なリスクを抱えている 14。
構造的変容:無断利用から戦略的ライセンス提携へ
法的リスクの回避と、AIモデルの精度向上に不可欠な「高品質かつ構造化されたデータ」の確保を目的として、AI開発企業とコンテンツプロバイダの間で大規模なライセンス提携が相次いでいる。これは、従来のスクレイピング中心のモデルが限界を迎え、正当な対価を支払う「データ経済」への移行を示唆している。
主要な提携事例と経済的枠組み
シャッターストックは、AI開発企業に対するデータ提供において最も成功している企業の一つである。同社はオープンAI、メタ、グーグル、アマゾン、アップルといった主要プレイヤーに対し、画像、動画、3Dモデル、およびそれらに付随する高度なメタデータを提供している 16。この提携の核心は、単なるデータの提供だけでなく、モデルの評価(人間によるフィードバック)や微調整プロセスの支援までを含む包括的なパートナーシップにある 16。
レディットやニュース・コーポレーションのようなプラットフォームも、莫大な契約金と引き換えにデータアクセスを提供している。レディットはグーグルと年間6,000万ドル規模、オープンAIと年間7,000万ドル規模の契約を締結したと報じられている 17。これらの契約により、AIモデルはリアルタイムで更新されるユーザー投稿や対話データを学習することが可能となり、ハルシネーション(幻覚)の抑制や時事問題への対応力が強化される。
データプロバイダ | 提携先(AI開発企業) | 主な提供データ種別 | 推定財務条件・契約特性 |
Shutterstock | OpenAI, Meta, Amazon, Apple, Nvidia | 画像、動画、3D、メタデータ | 2,500万〜5,000万ドル規模の多年契約。継続的なデータ更新を含む 16 |
Google, OpenAI | ユーザー投稿、対話データ | 年間6,000万〜7,000万ドル。IPOにおける収益基盤として機能 17 | |
News Corp | OpenAI | ニュース、ジャーナリズム | 5年間で2.5億ドル規模と報じられる(広範な媒体を含む) 19 |
Axel Springer | OpenAI, Apple | ニュース、アーカイブ | Appleとは多年で5,000万ドル。OpenAIとはコーパス単位での課金 17 |
Yelp | Perplexity AI, Neeva | レビュー、位置情報 | 2023年のライセンス収入は約4,700万ドルに成長 17 |
Wiley (学術出版) | 非公開AI企業 | 論文、専門書、科学データ | 一時金2,300万ドル。特定ドメインの知識強化用 17 |
ライセンスモデルの多様化と「人間による校正」の価値
提携の潮流において特筆すべきは、データの「量」から「質」へのシフトである。シャッターストックの事例が示すように、200万人以上のクリエイターネットワークを活用し、AIの出力結果に対する「美的判断」や「論理的整合性の評価」というヒューマン・イン・ザ・ループ(HITL)のサービスが、ライセンス契約の付加価値となっている 16。モデル構築者は、単にインターネットを這い回るクローラーから得られる「ノイズの多いデータ」よりも、権利関係がクリーンで、かつ人間によって正確にラベル付けされたデータを強く求めている 16。
写真業界および写真家協会が取るべき戦略的アプローチ
生成AIによる「偽の現実」の氾濫は、レンズを通した真実の記録を専門とする写真家の職能的価値を相対化させる危険を孕んでいる。プロフェッショナルな写真家集団である日本写真家協会(JPS)や日本写真著作権協会(JPCA)は、このパラダイムシフトに対して防衛と活用の両面から組織的な対策を講じる必要がある。
デジタルアーカイブの構築と「正解データ」としてのブランド化
写真業界が保有する膨大な歴史的・文化的記録は、AI学習において極めて高い価値を持つ。デジタルアーカイブ学会が2025年に発表した政策提言では、デジタルアーカイブをインターネット上の「信頼のアンカー」と位置付け、情報の真偽確認やリテラシー向上に資する基盤として強化することを求めている 21。
写真協会は、所属写真家の著作物を集約したナショナル・アーカイブの構築を加速させるべきである。このアーカイブは、単なる保存を目的とするのではなく、以下の戦略的機能を備えるべきである。
まず、メタデータの標準化と高度化である。撮影日時、場所、機材情報、および「人間による撮影」であることの証明を、C2PA等の技術を用いて不可逆的に付与する 22。次に、AI開発企業に対する「クリーンな学習用データセット」としての提供窓口を一元化することである。個別の写真家が巨大テック企業と交渉することは不可能に近いが、協会が管理団体として機能することで、適正な使用料の徴収と写真家への還元が可能となる 7。
AI開発企業および政策立案者への働きかけ
日本国内の著作権法第30条の4は、諸外国に比べてもAI学習に極めて寛容な「AI天国」と評されている 25。JPCAは、日本新聞協会や日本雑誌協会らと共同声明を発表し、権利者の利益を「不当に害する」場合の解釈の明確化を求めている 25。
具体的には、以下の3点に焦点を当てた働きかけが必要である。
1.オプトアウト権の法的実効性確保: EUのAI法(AI Act)では、権利者が商業目的の学習を拒否できる権利が明文化されている 26。日本においても、robots.txt等の技術的手段による拒否意思表明に法的な拘束力を付与するよう、法改正や解釈指針の策定を求めるべきである 27。
2.学習データの透明性義務の導入: AIモデルがどのデータセットを用いてトレーニングされたかを公表する義務を課すべきである。透明性が確保されなければ、写真家は自分の作品が侵害されているかを確認することさえできない 12。
3.集中的権利管理(CMO)の検討: PPA(米国プロ写真家協会)は現時点での強制的な集中ライセンスには否認的な立場を示しているが、その理由は「不透明な分配」への不信感にある 29。将来的に透明性の高いブロックチェーン技術等を用いた分配システムが構築されれば、協会主導のライセンス制度が写真家の経済的基盤となり得る 24。
フォトコンテストの厳格化と「写真」の再定義
写真と生成AI画像を混同させることは、写真文化の衰退を招く。JPSは、AI生成画像は「イラストやコラージュ」に類するものであり、被写体を必要とする「写真」とは本質的に異なるという立場を明確にしている 31。
組織・協会 | 生成AI画像に対する方針 | 具体的な制約・ガイドライン |
日本写真家協会 (JPS) | 写真とAI画像の峻別を強調 | コンテスト等の応募規約における「写真」の定義の再検討 32 |
米国写真協会 (PSA) | AI生成要素の全面禁止 | 撮影時の光のキャプチャを伴わない画像は排除。違反者は資格停止 33 |
米国プロ写真家協会 (PPA) | 編集補助としての利用は容認 | 既存写真のレタッチ、ノイズ除去等は許可。要素の生成は禁止 34 |
Austin PPA (APPA) | RAWファイルによる検証 | 疑わしい作品に対してはカメラ生成のRAWファイルの提出を義務付け 34 |
協会は、コンテストの審査プロセスにおいて、C2PA(Content Credentials)を搭載したワークフローを標準化し、人間による創作プロセスを技術的に証明する文化を定着させるべきである 23。
写真家個人が直面するリスクと具体的な自己防衛策
大規模な組織的対応が進む一方で、個人の写真家は日々の制作活動において直接的なリスクにさらされている。作品をインターネット上に公開することは、AIによるスクレイピングの標的となることを意味するが、プロとしての活動を維持するためにはポートフォリオの公開は避けられないというジレンマが存在する 29。
技術的防衛手段の実装
2026年現在、写真家が自ら作品を保護するために推奨される技術的手段は以下の通りである。
1.IPTCメタデータによる意思表明: IPTC(国際新聞電気通信評議会)が策定した新標準の「データマイニング」プロパティを利用し、画像ファイルそのものにAI学習拒否の意思を埋め込む 36。これは画像がコピーされても情報が保持されるため、善意のAI開発者に対する抑止力となる。
2.敵対的攻撃ツールの活用: シカゴ大学が開発した「Glaze(グレイズ)」や「Nightshade(ナイトシェイド)」は、画像に不可視のノイズを加え、AIがそのスタイルや内容を正しく認識することを妨害する 38。ただし、これらの保護を無効化する「LightShed」のような技術も登場しており、常に最新のバージョンへの更新が求められる 38。
3.ウェブサイトの制御: 自身のウェブサイトにおいて robots.txt を設定し、GPTBot や CCBot といった特定のクローラーをブロックする 36。また、可能であれば、ログインが必要な会員制ポートフォリオへの移行や、高解像度画像の公開を避けるといった対策も有効である 36。
契約実務における防衛とライセンス管理
クライアントから撮影を依頼される際、あるいはストックサイトへ寄稿する際、契約書に「AI条項」を含めることが標準的な実務となりつつある 42。
· AI学習の明示的禁止: 「提供された画像は、生成AIモデルのトレーニング、ファインチューニング、または類似の技術開発目的で利用してはならない」という文言を契約に含める 42。
· 第3者ライセンスの制限: ストックフォト企業が独断でAI企業にデータを一括売却することを制限する特約の交渉を行う。
· 肖像権・著作権の厳格な管理: AIによる合成写真が作成された場合、元の写真家への著作権帰属や、被写体への肖像権侵害に対する責任所在を明確にしておく 12。
「真正性」の証明としてのコンテンツ・クレデンシャル
皮肉なことに、生成AIが進化すればするほど、逆説的に「本物の写真」の価値は高まる。写真家は自らの作品にC2PA(コンテンツ・クレデンシャル)を付与することで、いつ、どこで、どの機材で撮影され、どのような編集が行われたかを暗号化して記録すべきである 22。アドビやニコン、キヤノン等の主要メーカーがこの規格をサポートしており、これが付与されていない画像は、将来的に「出所不明のAI生成物」として扱われる可能性がある 23。
展望と結論:共存と競争の次フェーズ
AIモデル学習のためのデータ収集は、もはや「無法地帯」の段階を過ぎ、司法、技術、そして市場原理が複雑に絡み合う高度な交渉領域へと移行した。米国著作権局の2025年報告書が示唆するように、AI学習がフェアユースとして認められる範囲は「研究・非代替的タスク」に限定される傾向にあり、市場を直接代替する表現力豊かな生成AIについては、ライセンスによる解決が求められるようになっている 3。
写真業界にとっての道筋は明確である。
第一に、自らの作品群を「信頼のデジタルアーカイブ」として集約し、それをAI時代における真実の参照点(グラウンド・トゥルース)として確立することである。
第二に、AI開発企業との建設的な対話を通じ、スクレイピングを許容する代わりに、透明性の高い収益還元スキームを構築することである。
第三に、写真家一人一人がデジタルProvenance(由来証明)技術を駆使し、自らの作家性と真正性を技術的に担保する能力を身につけることである。
2026年から2030年にかけて、AI生成コンテンツはますます現実と見分けがつかなくなるだろう。その時、写真家が提供すべきは単なる画像ではなく、その瞬間が「実際に存在した」という証明そのものである。この職能的本質を再認識し、最新の法規則と技術を味方につけることこそが、写真業界が取るべき唯一の生存戦略である。
引用文献
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3. Copyright Office Issues Key Guidance on Fair Use in Generative AI Training - Wiley Rein, 1月 20, 2026にアクセス、 https://www.wiley.law/alert-Copyright-Office-Issues-Key-Guidance-on-Fair-Use-in-Generative-AI-Training
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5. Getty Images vs. Stability AI: The Landmark Copyright Battle Shaping The Future of Generative AI - Falcon Rappaport & Berkman, 1月 20, 2026にアクセス、 https://frblaw.com/getty-images-vs-stability-ai-the-landmark-copyright-battle-shaping-the-future-of-generative-ai/
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21. 1 2025 年 2 月 26 日 デジタルアーカイブ学会 政策提言 2025 ..., 1月 20, 2026にアクセス、 https://digitalarchivejapan.org/wp-content/uploads/2025/03/DA-seisakuteigen_2025.pdf
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