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生成AI時代の写真著作権:法整備の動向と写真家のための実践的防衛策

  • tokuhata
  • 7月14日
  • 読了時間: 43分
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I. はじめに:生成AIがもたらす写真著作権の新たな課題


 生成AI技術の急速な進化は、写真家が長年培ってきた創作活動と経済的基盤に対し、かつてない課題を突きつけています。AIは、専門的なスキルを必要とせず、安価に写真と見分けがつかないような画像を生成できるようになり、フェイク画像の拡散や、オリジナル作品の市場価値への影響が懸念されています 1。

 写真家が直面する主な著作権侵害リスクは多岐にわたります。第一に、既存の著作物である写真が、AIの学習データとして著作権者の同意なく無断で使用されることです。このような学習行為は、複製権の侵害に該当する可能性があります 3。第二に、その学習結果から生成されたコンテンツが、元の作品に酷似し、著作権侵害となる可能性です。特に、日本の著作権法が保護する「表現」と、AIが模倣する「作風」の境界線が曖昧である点が問題視されています。日本の著作権法はアイデアそのものではなく表現を保護する原則に立脚していますが、AIによる模倣が「表現の本質的な特徴」を再現する場合、著作権侵害とみなされる可能性が指摘されています 5。

 さらに、AI生成物の著作権が「操作した人」に帰属するのか、「AI開発者」に帰属するのか、あるいはそもそも著作権が発生しないのか、という法的整理がまだ進行中であり、クリエイターにとっては自身の作品の法的地位に関する不確実性が高い状況が続いています 3。このような状況は、写真家が安心して創作活動を継続するための大きな障壁となっています。


著作権法の「表現保護」原則とAIの「スタイル模倣」の間の根本的な乖離


 日本の著作権法は、著作物の具体的な「表現」を保護の対象とし、「アイデア」や「作風」そのものは保護しないという原則を採っています 5。例えば、特定の構図や色彩、被写体の捉え方といった写真家の「作風」は、これまで著作権の保護対象とはみなされてきませんでした。

 しかし、生成AIは、特定のクリエイターの「個性あるテイスト(作風)」を学習し、その作風に酷似した新たな画像を生成する能力を持っています。国内のイラストレーターの作品の「個性あるテイストが無断利用された例」が注目を集めていることは、この問題の深刻さを示しています 6。文化庁の議論においても、「法上の権利の対象とならない部分(作風等)が類似している生成物が大量に生み出され得ること等により、クリエイター等の仕事が生成AIに奪われること」が懸念事項として明確に挙げられています 7。

 この状況は、従来の著作権法の根幹にある「アイデア/表現二分論」と、AIがもたらす「作風の再現」という新たな侵害の形態との間に、根本的な乖離が生じていることを示唆しています。著作権法が具体的な表現に焦点を当てる一方で、AIは抽象的なスタイルを学習し再構築することで、元のクリエイターの経済的基盤を揺るがす可能性があるのです。この乖離は、現行法の枠組みではクリエイターの経済的利益を十分に保護できない可能性を示しており、法改正や新たな解釈の必要性を強く示唆します。写真家にとっては、自身の独自の作風や表現スタイルが模倣されるリスクが高まる一方で、その模倣に対する法的な救済が困難になるという深刻な課題に直面していることを意味します。

 本レポートは、写真家が直面する生成AIと著作権に関する複雑な問題を解き明かし、国内外の法整備の現状、日本の法改正の方向性、そして法整備が追いつかない現状で写真家が取るべき具体的な防衛策を提示することを目的とします。これにより、写真家が自身の創作活動を安心して継続できるよう、実践的な知識と戦略を提供します。



II. 生成AIと著作権に関する国際的な法理と動向


 生成AIと著作権に関する法的枠組みは、国や地域によって異なるアプローチが取られており、国際的な議論が活発に進められています。


A. 米国におけるフェアユースの法理と生成AI訴訟事例


 米国の著作権法におけるフェアユース(Fair Use)は、著作物の利用が著作権侵害に当たらないための重要な抗弁事由です。その適用は、以下の4つの要素を総合的に考慮して判断されます 8。


1. 利用の目的と性質: 商業的か非商業的か、また元の著作物を変形させて新たな目的や意味を加えているか(変形的利用か否か)。AIの学習行為は、元の著作物を直接享受するのではなく、パターン抽出のために利用される点で「変形的」と解釈される可能性があります。

2. 著作物の性質: 事実性の高い著作物か、創作性の高い著作物か。

3. 利用された部分の量および実質性: 元の著作物全体の中で利用された部分の量と、その部分が著作物の本質的要素であるか否か。

4. 著作物の潜在的市場または価値に対する利用の影響: 利用が元の著作物の市場や価値に悪影響を与えるか否か。この要素は、AI生成物の市場競合性という点で特に重要視されています。


 これらの要素は、生成AIに関する訴訟において主要な争点となっています。例えば、Metaの生成AI「Llama」が海賊版サイトから取得したデータでトレーニングされたことが著作権侵害にあたるとして、複数の作家が提起した訴訟がカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所で開かれました。同判事は、「作品のコピー自体は変容的な目的のために行われたにもかかわらず、競合商品が市場に大量に出回る可能性もあるため、今回のケースは異例だ」と述べ、生成AIのためのフェアユースが認められるかどうかが注目されています 8。

 また、AIサーチエンジン「ROSS」がThomson Reutersの法務データベース「Westlaw」のヘッドノートを学習に利用した訴訟では、裁判所は特に「市場への影響」を重視し、フェアユース抗弁を棄却しました 10。ROSS側は、ヘッドノートの創作性要件の欠如や、学習利用がフェアユースに該当するかについて上訴を求めています 10。

 さらに、コンピュータ科学者のスティーブン・セイラー博士が、自身のAIシステムが生成した作品の著作権登録を米国著作権局に申請した際には、著作権局は「著作者は人間でなければならない」という要件を理由に拒否しました。裁判所もこの判断を支持し、著作物性には「人間の創造性」が必要であるという米国の厳格な立場を明確に示しています 11。


米国フェアユースの「変形的使用」と「市場への影響」の二律背反


 米国フェアユースの第一要素である「利用の目的と性質」において、「変形的使用(transformative use)」は、元の著作物を新しい目的や文脈で利用することで、フェアユースを肯定する方向に働く重要な要素です 8。AIの学習行為は、元の著作物をそのまま利用するのではなく、その表現からパターンや特徴を抽出し、新たなものを生成するプロセスであるため、「変形的」と解釈される余地があります。

 しかし、Metaの訴訟では、AIの学習行為がたとえ変形的であっても、「競合商品が市場に大量に出回る可能性」があるため異例だと判事が述べています 8。また、Thomson Reutersの訴訟では、フェアユースの第4要素である「市場への影響」が特に重視され、フェアユース抗弁が棄却されました 10。これは、AIによる学習利用が、元の著作物の市場を潜在的に圧迫する可能性が極めて高いことを示唆しています。

 これらの状況から、米国におけるフェアユースの適用において、AIの学習行為がたとえ「変形的」と評価されたとしても、その結果として生成されるアウトプットが元の著作物の市場を「不当に害する」可能性があれば、フェアユースが認められないという二律背反の状況が生じていると解釈できます。AIが大量の、時に元の作品と競合しうるコンテンツを生成する能力を持つ中で、この「市場への影響」要素の重要性がかつてなく増しているのです。写真家にとっては、自身の作品がAIの学習に利用されること自体がフェアユースと判断されたとしても、そのAIから生成された類似作品が市場に出回ることで、自身の経済的利益が損なわれるリスクがあることを意味します。これは、AIによる著作物利用の適法性を、学習段階での利用の性質だけでなく、生成段階でのアウトプットが市場に与える影響まで考慮して判断する必要があるという、より複雑な法的保護の必要性を示唆しています。


「人間の著作者」要件の国際的な影響と日本の位置づけ


 米国ではStephen Thaler事件において「著作者は人間でなければならない」という要件が堅持され、AI単独の生成物には著作権が認められないという判決が下されています 11。これは、著作権保護の根源に「人間の創造性」があるという考え方を強く反映しています。

日本の文化庁の見解も、「AIが自律的に生成したもの」は原則として著作物に該当しないとしつつ、「人が思想感情を創作的に表現するための『道具』としてAIを使用したもの」であれば著作物として認められ、AI利用者が著作者となるとする立場を取っています 3。これは、米国と同様に人間の関与を重視する姿勢を示しています。

 米国と日本は、AI単独の生成物には著作権を認めないという点で共通の立場を取っていると解釈できます。これは、著作権に関する国際条約であるベルヌ条約の加盟国間で、著作物性の基準として「人間の創作性」が普遍的に求められる可能性を示唆しています 15。しかし、AIを「道具」として利用した場合に、人間の「創作的寄与」の度合いがどこまであれば著作物性が認められるかについては、まだ明確な基準が確立されておらず、今後の判例の蓄積を待つ必要があるという共通の課題を抱えています 5。この「人間の著作者」要件は、AI生成物の法的地位を決定する上で極めて重要な原則です。写真家がAIツールを自身の創作プロセスに組み込む場合、その生成物が著作権保護の対象となるか否かは、人間の関与の質と量に大きく依存することになります。この基準が不明確なままだと、クリエイターは自身の作品が法的に保護されるかどうかの確信を持てず、新たな技術を活用した創作活動に萎縮効果をもたらす可能性があります。


B. 欧州におけるフェアディーリングの法理とAI規則(AI Act)


 欧州におけるフェアディーリング(Fair Dealing)は、著作物の公正な利用を認める権利制限規定であり、米国フェアユースよりも適用範囲が限定的で、特定の目的(例:研究、教育、批評、ニュース報道など)に限定される傾向があります。EUのDSM著作権指令では、AI学習利用からのオプトアウトが認められているとされており、著作権者の意思表示が尊重される仕組みが存在します 15。英国では、商業目的での他人の著作物の生成AI学習への無断利用は認められていないと明記されており、これは日本の著作権法30条の4と比較して、著作権者の保護をより重視する姿勢を示しています 16。

 EU AI規則(AI Act)は、AIシステムの開発・実装企業に厳格な規制を課しており、特に基盤モデル(汎用AIモデル)に対しては、ユースケースに関わらず厳しく規制されることが言及されています 17。これにより、これらのシステムを開発・実装する企業は、コンプライアンスコストと責任リスクに直面するとされています。

本規則はEU加盟国に直接適用されますが、EU市場でAIシステムを販売・サービス提供する企業や、EU居住者を対象とするAI製品や生成コンテンツを提供する事業者など、EU域外の企業も適用対象となる「域外適用」の原則が採用されています 18。著作権との関係では、訓練データの著作権処理に関してEUの一般データ保護規則(GDPR)とAI規則の両立が求められており、トレーサビリティの確保と透明性文書の作成が推奨されています 18。EU域内では「出所を明らかにせずに使用するAIモデル」は適法とは評価されにくい可能性があり、クリエイターによる異議申し立てや利用停止要求が現実的になるとされています 18。クリエイターがAIを活用して作品を制作し商用利用する場合、そのAIがEUの規制対象であるならば、生成物の出所開示義務、AIの出力と人間の創作の区別、AIモデルの適法性の確認義務がクリエイターにも及ぶことがあると警告されています 18。EU AI規則は、クリエイターにとって「権利を守る武器」にもなり得るとされており、自身の作品が無断でAIに学習されていないかの確認や、不当なコンテンツ利用に対するEU域内での是正要求(AI提供者に対する苦情や異議申立)が可能になるとも指摘されています 18。


EU AI規則の「域外適用」が日本のクリエイターに与える間接的影響


 EU AI規則は、EU域外の企業であっても、EU市場でAIシステムを販売・サービス提供したり、EU居住者を対象とするAI製品・コンテンツを提供したりする場合に適用されるという「域外適用」の原則を持っています 18。これに対し、日本の著作権法30条の4は、非享受目的であれば著作権侵害に当たらないという文化庁の見解があり、EUと比較してAI学習に極めて有利な「機械学習パラダイス」とも称される状況です 18。しかし、EUでは、著作権保護とAI訓練の両立が明確に義務化されており、「出所を明らかにせずに使用するAIモデル」は適法と評価されにくいという厳格な姿勢が示されています 18。

 これらの状況から、EU AI規則の「域外適用」の原則により、日本のAI開発企業や、AIを活用してEU市場向けにコンテンツを販売する日本のクリエイターは、たとえ日本国内法では適法とされても、EU AI規則の要件を満たす必要が生じると解釈できます。これは、日本のAI開発や利用の慣行が、国際的な規制動向、特にEUの厳格な著作権保護の姿勢に間接的に影響を受けざるを得ないことを意味します。国際的なビジネスを展開するAI事業者やクリエイターは、最も厳しい規制に合わせるインセンティブが働くため、EUの規制が事実上の国際標準となりうる可能性も秘めています。

 このため、日本の写真家がAIツールを利用してEU市場向けに作品を販売する場合、使用したAIモデルがEU法上の透明性義務を果たしていないと、そのコンテンツの提供が違法とされるリスクが理論上生じるという具体的な影響が考えられます 18。日本のクリエイターも、自身の作品をAIに学習させないための対策だけでなく、自身がAIを利用する際のAIモデルの選定や、生成物の出所開示義務など、EUの動向を意識した対応が求められるようになるでしょう。これは、日本の国内法整備の議論にも、国際的な調和の圧力をかける要因となります。


C. 国際比較から見る日本の立ち位置


 生成AIと著作権に関する国際的なアプローチは多様です。米国は、フェアユースの適用を巡り市場への影響を重視しつつも、AI生成物の著作物性には「著作者は人間でなければならない」という要件を厳格に適用しています。これにより、AI単独の生成物には著作権が認められない傾向が強いです。

 欧州は、EU AI規則により、AI開発者への透明性・トレーサビリティ義務を課し、著作権者の保護を重視する姿勢が明確です。商業目的のAI学習には原則許諾が必要で、著作権者のオプトアウトも認められるなど、権利者保護に手厚い側面があります。

 一方、日本は、著作権法30条の4により、非享受目的のAI学習利用を原則許諾不要としており、諸外国に比べてAI学習に極めて有利な「機械学習パラダイス」とも称される状況にあります 16。しかし、この「著作権者の利益を不当に害する場合」の解釈が不明確であり、海賊版の学習利用も禁止されていない点が、権利者保護の観点から大きな課題として指摘されています 19。


日本の「機械学習パラダイス」がもたらすイノベーションと権利侵害のジレンマ


 日本の著作権法30条の4は、AI開発のための情報解析(非享受目的)を原則として著作権者の許諾なく可能としており、これはAI開発のイノベーション促進を明確な目的としています 13。この法的環境により、日本は「機械学習パラダイス」とも称されるほど、AI学習に有利な国となっています 16。

 しかし、この規定には「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」を除くとされているものの、その解釈が明確でなく、個別の案件で最終的に裁判で判断されるとされています 15。さらに、海賊版の学習利用も明確に禁止されていないという課題が指摘されています 19。

 日本写真著作権協会を含む権利者団体は、この現状が著作権者の権利侵害リスクを著しく高め、著作権法が目的とする「文化の発展」を阻害する恐れがあると強い懸念を表明しています 19。

 これらの状況から、日本の現行法は、AI技術開発のイノベーションを最大限に促進するという明確な政策意図を持って設計されていると解釈できます。しかし、その広範な権利制限が、著作権者の利益を十分に保護できないという深刻なジレンマを生んでいます。特に、AI学習に対する明確な対価還元メカニズムや、違法に取得されたコンテンツ(海賊版)の学習利用への実効的な規制がない状況は、クリエイターの創作意欲の低下や、ひいては文化産業全体の持続可能性に負の影響を及ぼしかねません。写真家にとっては、自身の作品がAI学習に無断で利用されるリスクが他国に比べて高い一方で、その利用に対する法的な対抗手段が不明確であるという厳しい状況に置かれていることを意味します。このジレンマは、イノベーション推進と権利保護のバランスをいかに取るかという、日本の法整備における喫緊の課題を浮き彫りにしています。



表1:主要国・地域の生成AIと著作権に関する法制度比較

項目

米国

欧州

日本

主要な法理/規則

フェアユース

フェアディーリング / AI規則

著作権法30条の4

AI学習段階での著作物利用の原則

フェアユースの4要素で判断(変形的使用、市場への影響を重視) 8

原則許諾が必要。DSM著作権指令で例外規定あり 16

非享受目的であれば原則許諾不要 13

オプトアウトの有無/条件

明確な制度なし(一部AIサービスは可能)

認められている(DSM著作権指令) 15

認められていない(ただし、議論の対象) 7

AI生成物の著作物性に関する見解

「著作者は人間でなければならない」要件を厳格適用。AI単独の生成物は著作物ではない 11

人間の創作的寄与を重視。AI単独の生成物は著作物ではない

原則著作物ではないが、人間の創作的関与があれば著作物となり得る 3

主な特徴/課題

「市場への影響」が重要。人間著作者要件の厳格性。

開発者への透明性・トレーサビリティ義務。域外適用。権利者保護重視。

「機械学習パラダイス」。ただし書きの解釈不明確。海賊版学習の課題。



III. 日本における生成AIと著作権法の現状と課題


A. 著作権法第30条の4の概要と解釈


 著作権法第30条の4は、2018年の著作権法改正で導入された「柔軟な権利制限規定」の中核をなす条文です。この規定は、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」(非享受目的)には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、著作権者の許諾なく著作物を利用できると定めています 13。ただし、「当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は、この限りではないという「ただし書き」が付されており、これは無制限な利用を抑制するための重要な歯止めとして機能します 13。


「非享受目的」と「著作権者の利益を不当に害する場合」の現行解釈


 「非享受目的」とは、著作物そのものを人間が鑑賞する(読む・見る・聴くといった「思想又は感情の享受」)のではなく、あくまでシステムがパターンを学習することが目的である利用を指します。AIの学習用データとして著作物を取り込んだり、ソフトウェアの互換性を検証するためにコードを分析したりする行為は、典型的な「感情の享受を目的としない利用」に当たるとされており、AI研究における学習データの取得や解析が原則として可能になります 20。文化庁の見解では、AI開発のための情報解析は非享受目的であると考えてよいとされています 7。

 しかし、享受目的が併存する利用は非享受目的には該当しないとされています。具体的には、学習元の著作物の創作的表現をそのまま出力させることを目的とした追加学習や、特定のクリエイターの作品のみを学習データとした追加学習は、享受目的が併存するため「非享受目的」に該当しない可能性があるとされています 13。享受目的が併存する具体的な例として、意図的に学習データをそのまま出力させるファインチューニングや、少量の学習データで学習データの影響を強く受けた生成物が出力されるようなファインチューニングが挙げられています 7。

 「著作権者の利益を不当に害する場合」(ただし書き)については、著作物そのものを人間が鑑賞するのではなく、あくまでシステムがパターンを学習する目的であれば、作品の本来の価値を毀損せず、著作権者の市場を直接奪うわけでもないため、「不当に害する」とは言えないと解釈される傾向があります 20。しかし、このただし書きの具体的な解釈は依然として不明確であり、情報解析用のデータベースが販売されている場合に、これを情報解析用途で複製等する際、どのような利用が「不当に害する」に該当するかが議論されています 7。海賊版のような権利侵害複製物をAI学習のために複製することが、このただし書きに該当するかどうかも重要な論点となっています 7。また、学習のための複製を防止する技術的な措置が講じられているにもかかわらず、これを回避して著作物をAI学習のため複製することが、ただし書きに該当するかどうかも議論されています 7。


AI開発・学習段階と生成・利用段階の区別


 著作権法では、AIによる著作物の利用を「開発・学習段階」と「生成・利用段階」に分けて考えるという整理がなされています 1。

• 開発・学習段階: AI開発のための情報解析(例:学習用データセットの構築、基盤モデルの事前学習)は、原則として著作権者の許諾なく可能とされています 13。これは、30条の4の「非享受目的」の利用に該当すると考えられています。

• 生成・利用段階: AIを利用して画像等を生成し、それを公表したり販売したりする行為は、著作権侵害となるか否かが、人がAIを利用せず絵を描いた場合などと同様に「類似性」及び「依拠性」の有無により判断されます 13。AI利用者が既存の著作物を認識し、生成AIを利用して当該著作物の創作的表現を有するものを生成した場合には、依拠性が認められるとされています 13。


著作権法30条の4の「柔軟性」がもたらす「曖昧性」とクリエイターの不安


 著作権法30条の4は、2018年の改正で「柔軟な権利制限規定」として導入され、特にAI開発における情報解析のイノベーション促進を目的としています 13。この柔軟性は、技術の急速な進展に対応するための意図的な立法判断と解釈できます。

 しかし、この条文の重要な例外規定である「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」の具体的な解釈は明確でなく、文化庁の見解でも「個別の案件として、最終的に裁判で判断される」とされています 15。また、「非享受目的」の範囲についても、享受目的が併存するケース(特定のクリエイターの作品のみを学習データとした追加学習など)の判断が難しいことが指摘されています 7。

 この法的曖昧性がもたらす影響として、文化庁の調査では、AI活用企業の約67.4%が著作権リスクの回避を最重視しており、現場で「何を守れば良いのか」「どこまでが合法なのか」と戸惑う声が急増していると報じられています 23。これは、法律の解釈が不明確であるために、企業やクリエイターが法的リスクを過度に懸念し、行動に制約が生じている現状を示しています。

 30条の4の「柔軟性」は、技術の急速な進展に対応するための意図的な曖昧さを含んでいると解釈できます。しかし、この曖昧さは、AI開発者だけでなく、著作権者であるクリエイターにとっても、自身の権利がどこまで保護されるのか、あるいはどこから侵害となるのかという予見可能性を著しく低下させているという因果関係が見られます。この法的予見可能性の欠如は、クリエイターの創作活動に対する不安を増大させ、結果的に文化の発展を阻害する恐れがあるというジレンマを生んでいます。写真家は、自身の作品がAI学習に利用された際に、それが30条の4の「不当に害する」に該当するかどうか、あるいは「非享受目的」であったかどうかの判断が極めて困難であると感じるでしょう。この法的グレーゾーンは、侵害が発生した場合の法的措置のハードルを上げ、実効的な救済策が不足しているという認識につながり、クリエイターの権利保護における大きな課題となっています。


B. 現状の訴訟事例と主な争点


 生成AIによる著作権侵害に関する訴訟は国内外で増加傾向にあり、その主な争点は「類似性」と「依拠性」、そしてAI生成物の「著作物性」に集約されます。


国内外の生成AI関連訴訟事例


• ウルトラマン画像生成AI事件(中国): 日本の著名なキャラクターである「ウルトラマン」の画像をMidjourneyなどのAIが学習し、著作権者の許可なく類似画像を生成した事例で、中国の裁判所が著作権侵害を認め、賠償命令を下しました。これは、AI生成物による著作権侵害を認定した具体的な判例として、国際的にも注目されています 6。

• Stable Diffusion集団訴訟(米国): 有名アーティストたちが、自身の作品がAI開発企業(Stability AIなど)によって無断で学習されたことに対し、集団訴訟を提起しました。この訴訟では、AI開発者側の侵害責任や、AIの出力物と元の作品との関係性(類似性・依拠性)が主な争点となっています 6。

• 国内イラストレーター作品の無断利用疑惑: 日本国内でも、AIイラストや画像生成AIによる著作権トラブルが増加傾向にあります。特に、特定の作家の個性あるテイスト(作風)が無断利用されたとする疑惑が注目を集めており、クリエイターコミュニティ内で大きな懸念が広がっています 6。

• Metaの生成AI訴訟(米国): 前述の通り、メタのAIモデル「Llama」が海賊版サイトから取得したデータでトレーニングされたことが著作権侵害にあたるとして訴訟が提起されており、フェアユースの適用が主要な争点となっています 8。

• Getty Images訴訟: 大手ストックフォトサービスであるGetty Imagesが、自社の膨大な写真ライブラリが無許可でAI学習に使用されたとして、AI開発企業に対して法的措置に出ています。これは、写真業界における著作権侵害の具体的な事例として注目されます 5。


「類似性」と「依拠性」の判断基準


 AI生成物による著作権侵害は、人が絵を描いた場合と同様に、既存の著作物との「類似性」及び「依拠性」の有無により判断されます 4。

• 類似性: AI生成物と既存著作物の間で、構図やテーマ、具体的な表現がどれほど一致するかが重視されます 6。これは、著作物の本質的な特徴が共通しているかどうかの判断です。

• 依拠性: AI利用者が既存の著作物を認識し、生成AIを利用して当該著作物の創作的表現を有するものを生成した場合には、依拠性が認められます 13。さらに、AI利用者が既存の著作物を認識していなくとも、生成AIが当該著作物を学習していた場合には、依拠性が推認される可能性があるとされています 13。ただし、AIが学習に用いられた著作物の創作的表現が、生成・利用段階で出力される状態となっていない場合には、AI利用者がこの事情を主張することで依拠性がないと判断され得るという例外も示されています 13。


AI生成物の著作物性および著作者の判断基準


 AIが自律的に生成したものは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではないため、原則として著作物に該当しないと考えられています 3。著作権法上「著作者」となることができるのは人のみであり、法的な人格を持たないAI自体が著作者となることはありません 11。

 しかし、人がAIを「ツール」として使い、創作的な選択や編集が加えられた部分には、ユーザーに著作権が帰属する可能性があるとされています 3。文化庁の見解では、「創作意図」と「創作的寄与」があり、人が表現の道具としてAIを使用したと認められれば、著作物に該当し、AI利用者が著作者となると考えられています 14。ただし、人による短い単語での指示や質問によりAIが自動的に生成した創作物の場合には、創作性があると判断されず、著作権は発生しないことになるという見解もあります 15。実際の判例では、生成AIの学習データ選定や出力コントロールに人間の意思が関与したケースでのみ著作権が成立しているとの見解も示されており 6、人間の関与の質と量が著作物性判断の鍵となります。


「依拠性」の推定と立証責任の転換の可能性


 著作権侵害の判断には「類似性」と「依拠性」が必要です。AI生成物が既存著作物を学習していた場合、AI利用者が元の著作物を認識していなくとも「依拠性」が推認される可能性があるとされています 13。これは、AIの学習プロセスがブラックボックスであるという特性を考慮したものです。

 文化庁の「AIと著作権に関する考え方」では、依拠性に関する見解の一例として、「AI生成物が、学習に用いられた元の著作物の表現と類似していれば、依拠性ありと推定してよいのではないか(その後はAI利用者の側が、元の著作物がAI生成物の作成に寄与していないことを立証すべき)」という考え方が示されています 14。

 これらの状況から、AI生成物と既存著作物の間に類似性がある場合、AIが当該著作物を学習したという事実があれば、依拠性が推定され、AI利用者側がその反証責任を負う可能性があると解釈できます。これは、従来の著作権侵害訴訟において、権利者側が依拠性を立証する困難さを軽減し、AIの特性に合わせた立証責任の負担を調整しようとする動きであると考えられます。この変化は、AIの学習プロセスが不透明であるという課題に対する、法的な対応策の一つとして位置づけられます。写真家にとっては、自身の作品に類似したAI生成物が発見された場合、AIが自身の作品を学習したことを直接証明する困難さが軽減される可能性があることを意味します。これは、著作権侵害の主張を行う上での大きな変化となり得るため、侵害の疑いがある場合には、この依拠性推定の可能性を念頭に置いた対応が重要になります。一方で、AI開発者や利用者は、学習データの出所や生成プロセスに関する透明性を高める必要性が増すことになります。


表2:生成AI関連の国内外主要訴訟事例と法的争点

事件名/当事者

AIの種類/対象著作物

主な争点

現状/判決の概要

ウルトラマン画像生成AI事件

中国

画像生成AI / キャラクター画像

著作権侵害(類似性・依拠性)

著作権侵害を認め賠償命令 6

Stable Diffusion集団訴訟

米国

画像生成AI / 有名アーティスト作品

AI学習段階の適法性、開発者の侵害責任、出力物の著作権性

係争中 6

Metaの生成AI訴訟

米国

テキスト生成AI (Llama) / 書籍

海賊版サイトからの学習データのフェアユース適用

係争中、市場への影響が争点 8

Getty Images訴訟

米国

画像生成AI / ストックフォト

無許可学習による著作権侵害

係争中 5

Thomson Reuters vs. ROSS Intelligence

米国

AIサーチエンジン / 法務データベース

学習データのフェアユース適用、著作権の創作性

フェアユース抗弁棄却、市場への影響を重視 10

国内イラストレーター作品無断利用疑惑

日本

画像生成AI / イラスト

特定の作風の模倣、著作権侵害

注目を集めており、トラブル増加傾向 6



政府機関の動向とガイドライン


• 文化庁: 生成AIと著作権に関する議論を主導しており、「AIと著作権に関する考え方について」を公表し、現行法の解釈の参考となる考え方を示しています 7。この文書では、AI生成物は原則著作物ではないが、人間の創作的関与があれば著作物となり得るとの見解を示しています 3。文化審議会著作権分科会法制度小委員会では、著作権法30条の4の解釈、オプトアウト導入の是非、AI生成物の著作物性など、多岐にわたる論点が詳細に議論されています 7。

• 経済産業省: 総務省と共同で「AI事業者ガイドライン」や「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」を策定・発表しています 21。これらのガイドラインでは、著作権法30条の4の解釈や、AI生成物の著作物性、類似性・依拠性による侵害判断などについて、産業利用の観点から見解を示し、AI事業者にリスク管理とガバナンス構築の重要性を強調しています 21。

• 政府全体の動き: 2023年5月の広島サミットでも生成AIの問題が議論され、日本国内での議論が加速しています 12。政府は、AIの倫理的・安全な利用を促進するため、「倫理と透明性」「プライバシー保護」「コンテンツ品質と責任」「著作権と知的財産権」などの原則を含む生成AIガイドラインを策定し、国際的な議論をリードする役割を強調しています 24。


業界団体の声明


• 日本写真家協会(JPS): 「生成AI画像についてその考え方の提言(2023年8月23日)」を公表し、プロフェッショナル写真家の立場から生成AI技術に対する強い懸念を表明しています 1。JPSは、写真と生成AI画像は根本的に異なるものであり、技術の進化に社会のルール整備が追いついていないことを問題視しています。写真家に対しては、積極的に撮影者名を記載し、写真であることを明示することを呼びかけています 1。

• 日本写真著作権協会(JPCA)他4団体: 日本雑誌協会、日本書籍出版協会、日本新聞協会と共に「生成AIに関する共同声明」を2023年8月17日に発表しました。この共同声明では、AI学習データが著作権者の同意や対価なしに収集されている現状に強い懸念を表明し、日本の著作権法30条の4が諸外国に比べAI学習に極めて有利である点を大きな課題としています 19。特に、「著作権者の利益を不当に害する」場合の解釈が不明確であること、海賊版の学習利用が禁止されていないこと、著作権者に対する実効的な救済策がないことを問題視し、政府当局との意見交換の場を求めています 19。


政府ガイドラインと業界団体声明の間の「温度差」とその背景


 文化庁や経済産業省が発表しているガイドラインや見解は、現行の著作権法30条の4の解釈を前提とし、AI開発のイノベーション促進を重視する姿勢が強く見られます 13。政府はG7デジタル・技術相会合で「技術革新の機会活用」を原則の一つとして合意しており 25、AI技術の国際競争力を高めることに主眼を置いていることがうかがえます。

 一方、日本写真家協会や日本写真著作権協会を含む権利者団体は、日本の著作権法30条の4がAI学習に「極めて有利」であり、著作権者の利益が「不当に害される」場合の解釈が不明確で、海賊版の学習利用が禁止されておらず、実効的な救済策がないことに強い懸念を表明しています 19。彼らは、この現状が著作権者の権利侵害リスクを著しく高め、ひいては文化の発展を阻害する恐れがあると警鐘を鳴らしています。

 これらの状況から、政府機関のガイドラインが現行法の枠組み内でAIの健全な発展を促すことに主眼を置いているのに対し、権利者団体は、現行法の限界と、それがクリエイターに与える負の影響(特に経済的利益の喪失、作風の模倣、文化の画一化)に焦点を当て、より強い権利保護を求めているという「温度差」があることが示されています。この背景には、イノベーション推進と権利保護という二つの重要な価値の間の緊張関係が存在します。政府は技術発展の機会を最大限に活かそうとする一方で、クリエイターは自身の生計と創作意欲の維持に直結する権利侵害への懸念を強く抱いているのです。この乖離は、今後の法整備において、いかに両者のバランスを取り、持続可能なクリエイティブエコシステムを構築するかが大きな課題であることを浮き彫りにしています。



IV. 日本における法改正・法整備の提言


 写真家が安心して創作活動を続けられる環境を整備するためには、日本の著作権法、特に著作権法第30条の4の課題を解決し、生成AI時代に対応した法整備を進めることが不可欠です。


A. 著作権法30条の4の改正・補正の方向性


 現行の著作権法第30条の4の「柔軟性」は、AI開発のイノベーション促進に寄与する一方で、その曖昧さが権利者の不安を増大させているため、以下の点での明確化が求められます。

• 「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」の明確化:

o このただし書きの解釈をより具体的に示す必要があります。例えば、情報解析用のデータベースが販売されているにもかかわらず、これを無許諾で情報解析用途で複製・利用する場合や、学習のための複製を防止する技術的措置が講じられているにもかかわらず、これを回避して著作物をAI学習のため複製する場合 7、さらには海賊版のような権利侵害複製物をAI学習のために複製する場合 7 などは、明確に「不当に害する」場合に該当すると明文化すべきです。

o AI生成物が元の著作物と類似し、その市場を圧迫することで著作権者への不利益が生じる場合も、「著作権者の利益を不当に害する」と明記することが重要です 7。

• 「非享受目的」の範囲の明確化:

o 享受目的が併存する利用の具体例を明確に定義する必要があります。例えば、特定のクリエイターの作風を模倣する目的で行われるファインチューニングや、意図的に学習データをそのまま出力させることを目的とした追加学習などは、享受目的が併存すると評価され、非享受目的には該当しないと明記すべきです 7。AI利用者の意図と、生成されるアウトプットの類似性を考慮した判断基準の強化が求められます。

• オプトアウト権の導入と仕組みの検討:

o 著作権者が自身の作品のAI学習利用を拒否できる「オプトアウト権」の導入は喫緊の課題です。EUでは商業目的のAI学習に許諾が必要であり、オプトアウトが認められていることを参考に 15、日本においてもその是非と具体的な仕組みを検討すべきです。

o 著作権者の意思表示が機械可読な方法で示されているか否かといった技術的側面も考慮し 7、メタデータによる意思表示や、集中管理されたデータベースを通じたオプトアウト登録システムなど、実効性のある仕組みの構築が望まれます。また、学習のための複製を防止する技術的措置を講じることを著作権法上妨げないことを明文化し、その回避を禁止することも重要です 7。


B. AI生成物の著作物性・著作者に関する基準の明確化


AI生成物の著作物性および著作者に関する判断基準の曖

昧さは、クリエイターの法的予見可能性を低下させています。

• 人間の「創作的寄与」の具体的な判断基準:

o AIを「道具」として利用した場合に著作物性が認められるための「人間の創作的寄与」について、より具体的な判断基準を策定すべきです。例えば、単なる短いプロンプト入力ではなく、プロンプトの複雑さ、生成された複数の出力からの選択・編集の度合い、反復的な修正と調整、人間の美的判断や意図が強く反映されているかなど、人間の関与の質と量を評価する基準を設けることが考えられます 5。米国著作権局のガイドラインが「重要なのは人間が制作に関与した度合いであり、完成物の予測可能性ではない」としている点を参考に、日本の実情に合わせた基準を議論すべきです 26。

• AI生成物の出所開示義務の検討:

o EU AI規則の動向を参考に、AI生成物であることの明示や、その生成に用いられた学習データの出所開示を義務化することを検討すべきです 2。これにより、著作権侵害の疑いがある場合の追跡可能性を高め、権利者の権利行使を容易にすることができます。日本写真家協会が提言する「撮影者名の記載」や「写真であることの明示」といった推奨を、法制度に組み込む可能性も検討に値します 1。


C. 権利者への対価還元メカニズムの検討


AI学習による著作物の広範な利用に対し、著作権者への適切な対価還元メカニズムの導入は、クリエイターの創作意欲と文化産業の持続可能性を確保するために不可欠です。

• AI事業者による著作権者への対価還元モデルの導入を検討すべきです 13。例えば、AI学習に利用された著作物の利用状況に応じて、AI事業者から著作権者へ一定の対価を支払う仕組みなどが考えられます。

• 集中管理団体(例:著作権管理団体)が、AI事業者から一括してライセンス料を徴収し、著作権者へ分配するようなライセンスモデルの可能性も議論されるべきです。これにより、個々の著作権者がAI事業者と交渉する負担を軽減し、効率的な対価還元が可能になります。



V. 法整備ができる前に写真家としてできること:実践的防衛策


 法整備が追いつかない現状において、写真家が自身の著作物を生成AIによる無断利用から保護するためには、法的、技術的、運用上の多角的な防衛策を講じることが重要です。


A. 法的・契約的防衛策


• 著作権表示の徹底とライセンス条件の明確化:

o 自身の作品には、明確かつ一貫した著作権表示(例:©2025 [作者名] All Rights Reserved)を徹底して明記すべきです 3。

o 作品の利用許諾に際しては、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(例:CC BY-NC-ND、改変・商用利用・AI学習不可)など、自身の意図に合った適切なライセンスを選択し、明示することが有効です 3。

o デジタル写真ファイルには、メタデータとして著作権情報(作者名、連絡先、著作権表示など)を埋め込むことで、作品の出所を明確にし、無断利用を検出する手がかりとすることができます 3。


• 利用規約によるAI学習の制限:

o 自身のウェブサイトや作品公開プラットフォームを運営している場合、その利用規約に「本作品をAI学習データとして使用することを禁止する」や「人による鑑賞のみを目的とし、機械学習には使用しない」といった条項を明確に記載すべきです 3。

o 商業的な作品提供や委託制作の契約においては、AI学習に関する制限条項を必ず追加することが重要です。例えば、「AIによる学習・生成は別途許諾・料金が必要」といった条項を盛り込むことで、将来的な紛争を未然に防ぐことができます 3。

o SNS等のプラットフォームを利用する際は、その利用規約を熟読し、自身のアップロードしたコンテンツがAI学習に利用される可能性がないかを確認することが不可欠です。多くのSNSは、ユーザーがアップロードしたコンテンツの広範な利用を許可する条項を含んでいる可能性があるため、重要な写真は安易にアップロードしないといった慎重な運用が求められます 1。


• 著作権侵害の主張と証拠保全:

o 万が一、自身の作品に類似したAI生成物が発見された場合、問題となるAI生成物のスクリーンショットや保存、自身のオリジナル作品との比較資料作成を速やかに行うべきです 3。

o 作品の制作過程を段階的に記録し、ラフスケッチ、初期バージョン、使用したツールやソフトウェアの記録を残すことで、自身の創作性を証明する証拠とすることができます 3。

o 電子公証サービスやブロックチェーン技術を活用した作品登録、あるいは電子署名付きPDFとして保存するなど、タイムスタンプ付きの証拠を確保することも有効です 3。

o 米国など著作権登録制度のある国では、登録を行うことで、侵害時の法的措置を有利に進められる場合があります 3。また、作品を含む契約書の保管や、発表・公開の日時と媒体の記録、SNSでの投稿記録なども重要です 3。


• 侵害時の対応フローの構築:

o 侵害が疑われる場合、事前に以下の対応フローを構築しておくことが重要です。

1. 証拠収集: 上述の通り、問題となるAI生成物とオリジナル作品の比較資料、タイムスタンプ付き証拠などを収集します。

2. 連絡・通知: AI開発者/提供者への侵害通知(米国のDMCAのような削除通知を参考に、日本のプロバイダ責任制限法に基づく送信防止措置請求などを検討) 3、侵害者への停止要請、プラットフォーム運営者への通報を行います。

3. 交渉・解決: 停止・削除要求、ライセンス料の請求、クレジット表示の要求などを交渉します 3。

4. 法的対応: 必要に応じて弁護士に相談し、内容証明の送付、訴訟の検討など、法的措置を講じます 3。

o 日本写真著作権協会(JPCA)は、写真家の権利保護とライセンス運用の明確化に貢献する支援ツールを提供しており、これらの活用も推奨されます 3。


B. 技術的・運用上の防衛策


• AI学習妨害技術の活用:

o 自身の作品が無断でAIの学習素材に利用されるリスクに対し、技術的な防御手段を講じる動きが拡大しています。シカゴ大学が開発したGlaze技術は、目に見えない「スタイル保護層」を作品に適用することで、AI学習を妨げることを目的としています 3。

o Nightshadeは、AI学習に悪影響を与える「毒」を作品に埋め込む技術であり、AIモデルが誤った学習をするように仕向けることで、無断学習を抑制する効果が期待されます 3。これらの技術の導入を検討することは、自身の作品を保護するための新たな選択肢となります。

• 透かし(ウォーターマーク)の活用:

o 作品に目に見える、あるいは目に見えない透かし(ウォーターマーク)を入れることで、無断使用を検出しやすくすることができます 3。Digimarcのようなデジタル透かし技術は、画像のピクセルデータに情報を埋め込むことで、画像の改変後も追跡を可能にする可能性があります 3。

• AI学習からのオプトアウト:

o 一部のAIサービス(例:ChatGPT)では、ユーザーが入力した情報がAIの学習に使用されないようにする「オプトアウト」設定が提供されています。これは、設定画面からチャット履歴をオフにする、または申請フォームからオプトアウトを申請するといった方法で行えます 27。

o ただし、このオプトアウトは、自身がAIサービスに入力した情報の学習を防止するものであり、自身の作品がインターネット上からクローリングされてAI学習に利用されることへの直接的な対策ではない点に留意が必要です 1。

• 写真家団体による推奨対策の実践:

o 公益社団法人日本写真家協会(JPS)は、写真家に対し「積極的に撮影者名を記載して、写真であることを明示する」ことを呼びかけています 1。これは、写真の真正性を主張し、AI生成画像との区別を明確にするための重要な運用上の対策です。

o JPSは、写真と生成AI画像は根本的に異なるものであるという考え方を提言しており 2、写真家自身がAI生成画像と写真の区別を明確にするための啓発活動に参加することも、業界全体の意識向上に貢献します。


C. AI時代における写真家の創作活動と倫理


AI技術の進化は、写真家の創作活動に新たな可能性をもたらす一方で、倫理的な課題も提起します。

• AIツールの賢明な利用:

o AIを単なる自動生成ツールとしてではなく、自身の創作プロセスを支援する「道具」として賢く活用することが重要です 3。AIを利用して作品を制作する際には、自身の「創作的関与」を明確に意識し、その度合いを高めることで、生成物の著作物性を主張しやすくなります。

o AI生成物の著作権帰属が曖昧な現状を理解し、特に商用利用においては、法的リスクを十分に認識した上で慎重に判断すべきです 5。

• 作品の真正性の確保と明示:

o 写真には「被写体が存在し、光景が実際に存在した」という前提があります 1。ディープフェイクなどの技術が誤情報や偽情報の拡散に利用される懸念がある中で、写真家として自身の作品の真正性を積極的に明示する努力が求められます 1。例えば、報道写真においては、AIによる加工の有無を明確に表示するなどの配慮が重要になるでしょう。

• 業界内連携と情報共有の重要性:

o 生成AIと著作権に関する問題は複雑であり、その解決には業界全体の連携が不可欠です。写真家コミュニティ内での情報共有を密にし、ベストプラクティスを確立することで、個々の写真家が直面する課題に対処しやすくなります。

o 日本写真著作権協会(JPCA)や日本写真家協会(JPS)などの団体活動に積極的に参加し、自身の意見を表明することは、権利保護のためのルール形成に貢献する上で極めて重要です。



VI. 結論と提言


 生成AIの急速な進化は、写真家にとって著作権保護という深刻な課題を突きつけています。現在の日本の著作権法、特に著作権法第30条の4は、AI開発のイノベーション促進を重視する一方で、その解釈の曖昧さが権利者の不安を増大させています。国際的に見ても、米国は「人間著作者」要件と「市場への影響」を重視し、欧州は厳格な透明性とオプトアウトを義務付けるなど、アプローチは多様であり、日本は「機械学習パラダイス」とも称される状況にあります。この状況は、イノベーション推進と権利保護の間のジレンマを生み出しています。


法整備・法改正への提言(写真家視点)


 写真家の権利を適切に保護し、創作活動の持続可能性を確保するためには、以下の法整備・法改正が急務です。

• 著作権法30条の4の明確化: 「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」の具体的な解釈基準を明文化し、情報解析用データベースの無許諾利用、技術的措置の回避、海賊版の学習利用を明確に禁止すべきです。また、AI生成物が元の著作物の市場を圧迫する場合も、不当に害するケースとして明記することが重要です。

• 「非享受目的」の範囲の明確化: 享受目的が併存する利用(例:特定の作風を模倣するファインチューニング)は非享受目的に該当しないことを明確にし、AI利用者の意図と生成物の類似性を考慮した判断基準を強化すべきです。

• 著作権者のオプトアウト権の導入: 著作権者が自身の作品のAI学習利用を拒否できる実効性のあるオプトアウト権を導入し、その技術的・運用的な仕組み(例:メタデータによる意思表示、中央データベース)を整備すべきです。

• AI生成物の著作物性・著作者に関する基準の明確化: 人間がAIを「道具」として利用した場合の「創作的寄与」について、プロンプトの複雑さ、修正の反復性、生成物の選択・編集の度合いなど、人間の関与の質と量を評価する具体的な判断基準を策定すべきです。

• AI生成物の出所開示義務の検討: AI生成物であることの明示や、その生成に用いられた学習データの出所開示を義務化することで、著作権侵害時の追跡可能性を高め、権利者の権利行使を容易にすべきです。

• 権利者への対価還元メカニズムの議論の促進: AI学習による著作物の広範な利用に対し、AI事業者から著作権者へ適切な対価が還元されるモデルや、集中管理団体によるライセンスモデルの導入を検討すべきです。


法整備前の写真家への実践的提言


 法整備が追いつかない現状でも、写真家自身が能動的に自身の作品を保護するための対策を講じることが可能です。

• 作品の権利表示と管理の徹底: 自身の作品には著作権表示、メタデータ埋め込みを徹底し、利用規約にAI学習禁止の条項を明記することで、自身の権利を明確に主張すべきです。

• 技術的防御の活用: GlazeやNightshadeのようなAI学習妨害技術の活用を検討し、自身の作品がAIの無断学習データとなることを技術的に抑制する努力をすべきです。

• 侵害時の準備と対応: 万が一の侵害に備え、証拠保全の徹底、侵害時の対応フロー(通知、交渉、法的措置)の事前準備を行うべきです。日本写真著作権協会などの専門団体が提供する支援ツールや情報も積極的に活用すべきです。

• AIツールの賢明な利用: AIを自身の創作活動の「道具」として活用する際は、自身の創作的関与を明確に意識し、AI生成物の著作物性に関する法的リスクを理解した上で、特に商用利用においては慎重な判断を心がけるべきです。

• 業界内連携と情報収集の継続: 写真家コミュニティや関連団体との連携を強化し、最新の法改正動向や技術的対策に関する情報収集を継続することが、AI時代における持続可能な創作活動の鍵となります。


今後の展望


 生成AI技術の進化は止まることなく、それに伴う著作権に関する課題も常に変化していくでしょう。そのため、法律も継続的に見直しと適応が求められます。国際的な調和を図りつつ、国内のイノベーション促進とクリエイターの権利保護のバランスをいかに取るかが、今後の日本の政策立案における重要な課題となります。写真家自身がこの議論に積極的に参加し、声を上げ続けることが、自身の権利を守り、文化の健全な発展に貢献するために不可欠です。




引用文献


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2. 生成AI 画像についてその考え方の提言 - 公益社団法人 日本写真家協会, 7月 13, 2025にアクセス、 https://www.jps.gr.jp/about-generated-ai-images/


3. AIと著作権とは?クリエイターが知っておくべき最新知識と対策 ..., 7月 13, 2025にアクセス、 https://malna.co.jp/blog/ai_copyright/


4. 生成AIによる著作権の侵害事例と最新の判例|生成AI事業者のリスクなどを徹底解説, 7月 13, 2025にアクセス、 https://houmu-pro.com/property/297/


5. 生成AI時代の著作権:クリエイターが知るべきこと - SXラボ, 7月 13, 2025にアクセス、 https://sx-lab.jp/1735/


6. 生成aiの著作権侵害事例の最新判例と画像・イラスト等実例から学ぶ対応策 - 株式会社アシスト, 7月 13, 2025にアクセス、 https://assist-all.co.jp/column/ai/20250624-5680/


7. 化審議会著作権分科会法制度 委員会 における議論の状況について, 7月 13, 2025にアクセス、 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ai_kentoukai/gijisidai/dai4/siryou2.pdf


8. 著作権フェアユースの適用を巡りメタの生成AI訴訟が始まる(米国) | ビジネス短信 - ジェトロ, 7月 13, 2025にアクセス、 https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/05/03125c74f878fef2.html


9. 米著作権局「われわれは生成AIの開発の複数の段階が著作権者の排他的権利を侵害する形で著作物を使用していると結論づける」|土曜日の猫通信 - note, 7月 13, 2025にアクセス、 https://note.com/saturday/n/nf90190ebdedb


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17. AIと著作権に関する諸外国調査 報告書 2024 年 3 月 - 文化庁, 7月 13, 2025にアクセス、 https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/chosakuken/pdf/94035501_04.pdf




20. 改正著作権法 第30条の4解説:AI・ビッグデータ時代の著作権法 - 虎ノ門法律特許事務所, 7月 13, 2025にアクセス、 https://chosakukenhou.jp/%E6%94%B9%E6%AD%A3%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E6%B3%95-%E7%AC%AC30%E6%9D%A1%E3%81%AE%EF%BC%94%E8%A7%A3%E8%AA%AC%EF%BC%9Aai%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E6%99%82/


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22. [2025]AI規制をめぐる議論の現在地 - 一般社団法人 MPN, 7月 13, 2025にアクセス、 https://www.mpn.or.jp/blog/article2501


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24. 生成AIガイドラインとは?文部科学省や総務省、東京都のサンプルを紹介!, 7月 13, 2025にアクセス、 https://www.sungrove.co.jp/generation-ai-guidelines/


25. 生成AIガイドライン一覧!政府・自治体・企業など、ジャンル別に紹介, 7月 13, 2025にアクセス、 https://www.ai-souken.com/article/ai-generation-guidelines-introduction


26. 米著作権局が「AIが生成した画像は著作権保護の対象外」と発表。「人間の関与の度合い」により例外も - ARTnewsJAPAN, 7月 13, 2025にアクセス、 https://artnewsjapan.com/article/22537


27. オプトアウト申請:ChatGPTへの情報漏洩の解決方法 - GPT Master, 7月 13, 2025にアクセス、 https://chatgpt-enterprise.jp/blog/chatgpt-optout/


28. ChatGPTにデータを学習させない方法|オプトアウト設定の手順を紹介 - メタバース総研, 7月 13, 2025にアクセス、 https://metaversesouken.com/ai/chatgpt/no-learning-data/

画像生成AI著作権の疑問を全て解決|学習データから商用利用まで法的リスクを徹底分析 - note, 7月 13, 2025にアクセス、 https://note.com/hiro_seki/n/nd15fb1f688b8



注)このレポートは Deep Research を利用して作成しました







 
 
 

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